「侍の国」
僕らの国がそう呼ばれていたのは今は昔の話
かつて侍達が仰ぎ夢を馳せた江戸の空には
今は異郷の船が飛び交う
かつて侍達が肩で風を切り歩いた街には、
「新八。お前さん、いったい何の悪戯しにきた?」
………なんやかんやで平穏無事な暮らしが戻ってきたわけですが、僕は現実逃避でつい、いつもの奴をそらんじてしまうくらい、絶賛絶体絶命の大ピンチです。
煙管片手に優雅な佇まいのその人、高杉さんとは、なんやかんやのすったもんだの末、またまたなんやかんやがなんやかんやで少しずつ交流を重ね、なんやかんやで、
えっ、なんやかんや多すぎでしょ、しっかり説明入れろ、って?
それはもちろん僕もそう思うけど、ここは敢えて言わせていただきますと。
なんやかんやは、なんやかんやです!ドドン(決め顔&SE)
ごほん。すみません、言ってみたかっただけです。えー、そんなわけで。最近では穏やかな顔を見せてくれることが多くなった高杉さんなのだけれど、所用で住まいをお訪い、ほんの僅かな世間話の最中のどこで看過されたのか、すっかり尋問モードの声音です、これ!
流石、攘夷戦争の英雄。攘夷志士の中で最も危険な男といわれていたのは伊達じゃない。
眼光鋭く一瞥されては、ひとたまりもなかった。後ろめたい真似をしていた事もあり、顔面から背筋までだらだらと汗が伝い、震え上がってしまう。
やや愉快そうに薄く笑みを浮かべる唇が、更なる追求を口にする前に僕は勢い込んで向かい合って座っていた客間のソファからジャンピングを経てズザァッと音を立てて床に正座である。
「すみません、高杉さん!これには深い、いや深くはないか、とにかく訳がありまして!決して高杉さんに危害を及ぼすようなものではないんですが、確かに不埒な、いえっ、ええと、そう、依頼!依頼なんです、万事屋の、ではなくて個人的な?依頼?えっ、これもう破棄しちゃっていいかな、いいですよね?」
「おい、落ち着け」
「そもそも僕もこんなお願いきくべきじゃありませんでした。依頼人については守秘義務があるので僕の口からは言えませんが、」
「銀時だろ」
「そっ、………」
それはわかっちゃいますよね、流石に。
そうだとも違うとも言えず、ぱかりと口を開けたまま止まってしまった僕に、にんやりと唇の端を上げた、悪い、けれどとんでもなく魅力的な貌の高杉さんがゆっくりと僕の目の前にしゃがみ込む。流麗な着物を捌いての優雅なヤンキー座りである。基本的な所作は品がいいのに、妙にガサツなところが見え隠れするのは、……やっぱりガサツな人の影響なんだろうか。などと一瞬考え込んだ隙に、すい、とこれまた滑らかな仕草で指先が翻り。あっという間に僕の眼鏡の蔓を摘んで浚っていったのだった。
ああー、そんなことまで見抜かれてしまっていたのか。さすがの慧眼というべきか。すっかり感服してしまい、為すすべもなくお叱りを受けるべしと腹が決まる。
くる、とひっくり返したレンズの内側。その隅には赤字で●RECと小さく表示されているのが見て取れたはず。
「なんだ、こりゃあ。ただの眼鏡じゃねェな。… 機械の類か」
「…はい。実は、」
※※※
つい先日のことである。万事屋の社長椅子に腰掛けた銀さんが、愛読書のジャンプを読みながらこんな事を言った。
「あーぁ。俺もかんわいー笑顔向けられて、しゃーんなろーっ!!て気分になってみてぇわ」
「何言ってるアルか。デコの面積増やして出直すネ」
「や、内なる銀さんはいつも絶好調にビンビンだけどよォ…、デコじゃなくてもさー、なんかあるでしょ。だってさー、いや、ほらァ、あいついっつもスカした面してんじゃん?」
「えっ、もしかして高杉さんの話ですか?」
「他に誰がいるネ」
「銀さんもね、たまにはさァ」
「かんわいー笑顔が見たいと」
「んんっ。んんん。……ま、まァ、そうね」
なんやかんやでなんやかんやした騒動以降、随分と素直、というか妙に純情なところが見え隠れするようになったものである。ポンポンと飛び交うような会話の最中、ちょっとどころでなく引いた声音で返した僕に、ちぇっ、と決まり悪げに唇を尖らせて拗ねている姿は妙にいじらしくて、つい神楽ちゃんと顔を見合わせてしまう。
かんわいー笑顔。
それも、あの、高杉さんの。
これはまたかなりの難題のように思えた。かわいい笑顔といって思い浮かぶのは、もちろんお通ちゃんだ。掛け値無しの笑顔はとっても可愛い。でも高杉さんに当てはめてちょっと想像しようとするけれど、脳内にノイズが走ってどうにもうまくいかない。想像を絶するというやつかもしれない。
とはいえ、高杉さんは全くの仏頂面とか不機嫌だとか無表情とかではない。面白そうに唇の端がきゅ、っと上がると、それだけで華がある。ちょっと不穏な時が多いけれど。
それに、本当にごくごくたまにだけれど、高杉さんの柔らかく緩んだ眦だとか、きらきらと光が煌めいているみたいな瞳だとか、ほんの一瞬だけれど、そういうときがある。得難い一瞬のそれはなんだかこっちが照れてしまうような、けれど切なくもなるようなやさしさも含んでいて。なんとなく、それを告げる事は二人の間に踏みいるようではばかられる気がして口をつぐむ。
でも、銀さんだってそれを知らないわけじゃないはずなんだけれど。
「仕方ない銀ちゃんアルね。私のとっておき、見たい?」
「えっ、何。神楽ちゃん、いつの間に!?」
にやり、とゲスい笑顔を浮かべる神楽ちゃんが、僕と銀さんに携帯を印籠のようにかざしてみせる。それは、最近そよ姫と色違いのお揃いだと嬉しげにあつらえてきた代物だ。
「へぇー、とっておきね。どれ、見せてもらおうじゃねェの」
ねぇ、銀さん。余裕ありげに、気のないそぶりしてるつもりなんでしょうけど、そんな前のめりになって食いついてたら、興味津々なの丸わかりですよ。
とはいえそれを率直に伝えるのもはばかられ、殊更に気だるげな様子の銀さんの横から、僕ものぞき込む。
そこには、神楽ちゃんのお兄さんである神威さんに肩を組まれて、仕方ねぇなとでも言わんばかりの、我が侭を許した風の穏やかな笑顔の高杉さんとの自撮りツーショット写真が映し出されていた。文句無しに仲が良さそうな雰囲気だ。確かにとっておきに違いない。
というか、神楽ちゃん、お兄さんと付かず離れずって感じなのかなと思ってたけど、結構仲良さそうで安心したよ。などと思っていたら。
「やー、いやいや。これくらいは通常運転だね。大したことねぇわ。なーんだ、こんなもんか。とっておきっつーからさぁ、ちょっと期待しちゃったわ、まだまだだな。お前、兄貴とメル友なってんだ?つーか、あいつなにちゃっかりツーショット撮ってんの?ピースがくっそ腹立つな。……で、これ転送してくれる?」
「出すもん出してもらわないとネ」
「どうぞこちらお納めください…」
「ふっふ、お主もワルネ」
「いえいえ滅相も…」
携帯と酢昆布を間においての寸劇である。早速目的のものが転送されたらしく、いそいそと携帯をチェックしているけれど、あんたそれ神威さんのとこ切り取るつもりでいません?などと半眼でみつめていると。
「で?お前は?」
ねーの?なんか。と矛先を向けられる。
「えっ?ないですよ、そんな」
「はぁー?ないじゃすまねぇよ。新八、ちょっとそこでジャンプしてみな」
「いやっ!小銭たかるチンピラみたいなこと言わないでくださいよっ!チャリチャリ言ったところで高杉さんのかんわいー笑顔は出ませんよっ!そもそも、そういうの銀さんが一番知ってるんじゃないですか?だってほら、高杉さん、よく…。あッ!」
「よく?」
「いやっ、いまのは言葉のアヤで…」
咄嗟に取り繕おうにも、うかつな失言を聞き咎め、ぬら、と立ち上がった銀さんの背後には、おどろおどろしい気配が渦巻いている。
「新八くん?」
優しげでありながら、背筋が凍るような声音で呼ばわれてはたまらない。
「骨は拾ってやるネ」
打つ手無し、と酢昆布をむしゃついている神楽ちゃんは、我関せずと言わんばかりだ。やっぱり女の子はこういう時の立ち回り方ってものを心得ているものなのだろうか。己の勘の悪さを恨めしく思いつつ、じり、と後ずさる。
「や、ないです、ないですからっ!殺さないでよ神楽ちゃん!銀さんも、うわっ、近っ!ちょっ、落ち着いてくださいよ。僕、そんな…」
うわッ、うわァァァアアアーーーーー!!!!!
必死の説得を試みるも、かぶき町の空の片隅に悲痛な悲鳴が響きわたることになったのだった。
そうして、その翌朝早々。銀時と向かい合わせに座った万事屋の応接間のテーブルの上に置かれたのが、この記録(盗撮)機能付き機械眼鏡だったのである。
「いやー、源外のじーさんが一晩でやってくれたわ」
「ジェバンニみたいに使わないであげてくださいよっ!もうご老体なんですからっ!」
「新八くん。依頼です」
聞いてない。聞く耳持たずだ。先ほどまでの気だるげな無表情から一転の真顔である。こわっ。しかしこれはまごうことなき盗撮。そんな不埒な真似、僕には…。
「…お断r…」
「頼まれたらなんでもやるのが?」
「…万事屋です…」
「よろしい」
***
というここに至るまでの諸々を白状するにあたり、銀さんの複雑に曲がりくねった割にわかりやすすぎる男心を赤裸々に明らかにしてしまうには流石に忍びなく、分厚いオブラートでもって何重にも包んだ挙げ句、ふわっとしたアレなソレでなんやかんやして、もうこれさっぱりわからないな、と自分でも思いながら伝えたところ。
「わかった」
じっと僕の供述に耳を傾けていた高杉さんは、そう一言。えっ、今ので何がわかったんですか?と思わず突っ込みそうになる。我ながら、つらつらと勢い込んで語った割に、全くなにひとつ理解が及ぶ供述ではなかったと思う。本当にわかったのなら、もはやエスパーだし、全くわかっていないなら詐欺に合うのを心配しなくちゃいけないレベルだ。
ごくり。
思わず飲み込んだ突っ込みと共に喉を鳴らした僕に、あっさりと眼鏡を返した高杉さんが、ふと笑みを浮かべ。
「構わねェぜ」
「あ、そ、そうなんですか?」
いいんだーッ?
僕が言うのもなんだけど、構った方がいいですよ、それ。うず、とまたしても飲み込んだ突っ込みが胃袋のなかで消化不良でも起こしたみたいにぐるぐる渦巻いている。
「ああ。さっさと済ませちまいな」
すっ、と立ち上がった高杉さんは未だ床に膝を付いたままの僕の隣にしゃがむ。えっ、何を?と反応の悪い僕の顔をのぞき込み、不思議そうに首を傾げる。
「俺と写真撮りてェんだろ?」
ちっ、違ェェェエエエーーーーーーーッ!!!!
***
「で?」
「ご依頼の品です。お納めください」
ぴこりん、と送信したのは、ひく、と口の端をひきつらせた僕と高杉さんのツーショット写真である。
「ああそうそう、これこれ。コレが欲しかったんだよね、って、違ェェェェエエエーーーーッ!!!!」
奇しくも僕が声を大にして叫びたかったのと寸分違わぬ反応である。そうですよね、そうなりますよね。
でも僕、思ったんですけど。
「銀さん。高杉さんとツーショット写真撮りたいなら、素直にそう言ったらいいと思いますよ」
「はっ?」
「じゃ、僕はこれで」
「おい、待て新八。俺ァ、ンなこと言ってねェだろ。オイ。まさかそれ、アイツに言ってないよね?ちょっと、ねぇ、新八くん?」
しんぱちィィィ!!!
一連のとばっちりを受けた溜飲を下げつつ、なんでこんなもん欲しがるんだ?と不思議そうにしていた高杉さんの顔を思い出す。もしかして、上手くはぐらかされたのかもしれない。でも、そもそもは…。
僕の眼鏡のことなどすっかり忘れ去った悲壮な様子で頭を抱えている銀さんは、ソファの上で頭を抱えて、次アイツにどんなツラして会えってんだ、などとぶつぶつ言いながら悶絶している。心配しなくてもそんなことは言っていないんだけれど、高杉さんのかんわいー笑顔を盗撮してまで見たいという欲求を暴露されるのと、ツーショット写真を撮りたがっていると思われるのと、どっちがマシなのか、僕には判断が付かない。
でも銀さん。僕ね、うまく言えないんですけど、なんかちょっとだけわかったことがあって。
そういうわけで、まだ僕の眼鏡の片隅では●RECが赤く灯っているのだけれど、それはまた、別の話。