スイカの名産地

 

 茹だるような暑さである。
 今朝方から依頼の1つをこなすべく出かけていた銀時が、珍しくすんなりと仕事を終え帰宅する頃には、すっかり中天に登り詰めた太陽がぎらぎらと灼熱を放っていた。
 先日ようやく住まいを共にするまでに至った相手は、あまり人工の空調を好まない節がある。室内のどこにも期待する冷気にありつくことが出来ないまま、りん、と涼やかな音色に誘われて庭先へ回り込めば、果たして求める姿はそこにあった。
 連れ立って赴いた祭りの出店にて買い求めた風鈴が、ちり、とぬるい風を受けて控えめな響きを奏でている。その風鈴の吊された軒の陰になった縁側へ腰掛け、珍しく淡い色合いの浴衣に身を包んだ高杉は、朝顔と流水を模した繊細な意匠の施された扇子を片手に涼を楽しんでいるようである。
 真夏の灼けるような日差しのなかであるのに、そこだけ切り取られたかのように涼やかな様子に、ぼぅ、と一瞬目が眩むようで。ぱちり、と意識して瞬きをひとつした後、ようやっと視界が広がり、彼の傍らにあるものに気が付く。
「お、スイカじゃねぇか!」
「裏手の婆さんからだ」
 水桶のなか、ちゃぷ、と微かな水音を立てて揺れる大ぶりの西瓜を認め、年甲斐もなく歓声を上げた銀時を一瞥し、端的にその出所を伝えて寄越す。数日前、男手のないその家で、ふたりしてちょっとした力仕事を請け負った礼であるらしい。
「そうか。……お、よく熟れてんな」
 パン、と平手で水滴の滴るその表面を叩けば、弾けるような軽い音が返り、中身のみっしりと詰まった証拠である鈍い感触がする。どうやら随分な上玉であるようだ。瑞々しい甘さを想像し、にまり、と思わず相好を崩した銀時の耳朶を、小さな高杉の忍び笑いが掠める。
「あ? ……ンだよ」
「いや。……昔、匂いで場所がわかるなんぞと豪語したどっかのバカが居たことを思い出してな」
 まさしく銀時がカナヅチという呪わしい宿命を背負うことになったそのときのことを、まざまざと思い返しているらしい高杉が、くく、と喉を鳴らして小さく笑みをこぼしている。
「ありゃ、お前……、」
 随分と懐かしい子供時分の事を持ち出された羞恥に、思わずカッとなって言い返そうとした銀時が、ふと言葉を切って。
「……海風で、鼻が鈍ったんだよ」
「ふ、あんときもそんなこと言ってやがったなァ」
 たわいもない思い出を共有している事実の、なんと面映ゆいことか。互いに笑みを引っ込め、殊更にすました顔を作って見合わせ。
「やってみな」
「やってやらァ」
 くい、と西瓜を示して不遜に顎をしゃくった高杉と、その場にスッと立ち上がり、見下ろす視線で瞳を眇めた銀時。ふたり、ほぼ同時に口火を切ったのだった。

 そうして。
 縁側の柱に緩く背を預けた優雅な様子の高杉に見守られながら設えた、即席の西瓜割り会場である。高杉の座る位置からは斜め左のその場所に、少々派手に割れて飛び散っても構わないようにシートを広げ、転げていかないようにと高杉が投げ寄越した手ぬぐいの上に西瓜を置く。そう広くはない庭の端に立ち、愛用の木刀の切っ先を高杉に突きつける。
「バシッとかち割ってやっから見てな」
「御託はいい。さっさとやんな」
 ツン、とすました様子の高杉はしかし、瞳にだけは微かに悪戯っぽい笑みの気配を滲ませていて、この余興を悪しからず思っているようだ。
 その表情を目に焼き付けるように一瞥した後、己の着流しの帯でもって視界をふさいだ時には、もうどうやってあのスカした面を崩してやろうかと、そんなことばかり。
「お前、合図しろよ」
 そう言いおいて地面に洞爺湖の先を軽くめり込ませ、その場でぐるぐると回り始めて幾ばくかの後、パシリ、と扇子で手のひらを打つ軽やかな音が耳に届くと同時に、ピタリと回転を止める。いよいよ方向感覚が鈍ってきた絶妙のタイミングである。ぐわん、と軽く揺れる頭をゆるく振り、スン、とわざとらしいまでに鼻を鳴らしてみせる。

 こっち。

 くる、と迷わず方向を転換した銀時は、まったく平衡感覚の揺れも視界を閉ざしている影響も見えない確固たる足取りで歩を進める。スタスタとまっすぐに目標へとたどり着いた後、その手に握った木刀を振りかぶり。
 バシッ。
 おおよそ西瓜を割るには充分以上の力でもって勢いよく振り下ろしたそれは、目的の相手の掌に威力を相殺されながら受け止められたのだった。
「……俺の頭にゃ果実なんざ詰まっちゃいないぜ。銀時」
「そいつァおかしいな。どうにも甘ったりィ匂いまき散らしてやがっから、」
 寸分の狂いもなく狙った高杉の丸っこい頭蓋。その旋毛めがけて打ち下ろした木刀を彼の手によって脇に避けられるまま下ろしつつ、左の掌でその肩に触れ、首筋を辿り頬へと添える。軽く腰を屈めて顔を寄せ──
 ゴチン。
 互いに勢いよくぶつけ合った額から鈍い打撃音。
「いっ、……だッ」
「ッ、ぐぅ」
 揃ってうめき声を上げ、もつれ合うようにして縁側へと倒れ込むことになったのだった。互いに容赦の欠片もない頭突き。ほぼ同程度の力でぶつかり合ったことにより、その威力は均等に跳ね返ったようで、閉じた瞳の裏に火花が散る。ぐわんぐわんと頭蓋の中で脳が揺れる錯覚に、もう用は済んだとばかりに目隠しをむしり取り、隣で痛みに呻いている相手を見やれば。真夏の陽光煌めく日向と軒の日陰の狭間に横たわった彼が、やはり額を抑えて軽く身を縮めていたのだった。
「……くっ、」
 眉をしかめて痛みを堪える二人の視線が交わった途端、高杉の喉奥から軽やかな笑い声が飛び出し、銀時の胸をあっけないまでにぶち抜いては庭先へと散ってゆく。ジンジンと熱を持つ額、あるいは真夏の太陽よりもなお、鮮烈に心を灼き染められる心持ちである。次の瞬間には、半ば無意識に身を起こし、てらいもなく前歯を見せて笑う唇めがけて、大きく口を開けてかぶりついていた。
「ぎん、……ン、」
 未だ口腔に残る笑みの気配を直接飲み込むように、深く合わせた唇。緩く弛緩した舌先を絡めとれば、組み敷いた身体がぴくりと震えて。間近に見下ろした、淡い笑みの形にたわんだ瞼、その下の濃い碧色をした瞳は、悪戯な光を宿して煌めいている。マウントを取られっぱなしで大人しくするような性質ではない高杉にわき腹を一蹴りされ、促されるまま寝ころんでやれば、腹の上に乗せた夏生まれの男の身体が、中天を越えた太陽と涼やかな風鈴の音色を背負って身を屈めてくる。そうして、互いにより深くまでをひとしきりさぐり合いながら、ゴロリゴロリと上下を変わりつつ和室へと転がり込む。もつれ合いながら、庭に面した障子を乱雑に蹴り閉めたのは、いったいどちらの足だったか。

 庭先に設えられたまま忘れ去られてしまった西瓜が、二人の住まいを訪う近所の子供達に目敏く発見され、無邪気な歓声と共に本来の役目を全うすることになるまで、まだしばらくの時を要することになりそうである。