春眠、暁を

 

 腕の中のぬくもりが、もぞりと身じろぎする気配に、スッと意識が覚醒する。職業柄、寝不足になる事もしばしばではあるし、割と家で気を抜いているときなんかは寝起きがスムーズではないこともあるのだけれど、昨晩は久しぶりにヒロさんとゆっくり過ごすことができたし、慢性的なヒロさん不足を補ってあまりある程に触れあい、ぐっすり休むことができたおかげで、すっきりと目を覚ますことができた。
 ぱち、と目を開いて、すっかり眠気の去った視界で隣を見やれば、横になった自分の二の腕にすり寄る柔らかな茶髪が目に入って。野分の腕の中でなお、ごく控えめな仕草は、いつだって胸を甘く切なく締め付ける。いとおしい。ってこういう事を言うのかな。と思いつつ、軽く身を起こしてさらりと流れる髪を撫でつければ、安らいだ寝顔が露わになって。
「ヒロさん」
「…、ぅん…」
 カーテン越しの柔らかな朝日すら厭うようにもぞもぞと頭を振りながら毛布に潜り込んだ彼が、くぁ、と唇を震わせて、小さなため息みたいなあくびをひとつ。その微かな吐息が、裸の胸を掠めてくすぐったい。間近に見下ろしたヒロさんの長い睫に乗った朝露のような一滴が、こぼれ落ちてしまう前に寄せた唇でそっと受け止める。寝起きの身体に染み入るような水気に、続けて眦へと唇を寄せて。
 すっかり眠気にあらがう事を放棄したらしい彼の安らかな寝息に、去ったはずの眠気がひたひたと押し寄せてくる。
 よく眠ったはずなんだけれど。
 ふぁ、とつられるようなあくびをかみ殺しながら、ゆるりと腕の中の温もりを抱きしめる。
「こういうの、なんていうんでしたっけ」
 未だ夢の中の彼に囁く声音も眠気にとろんでいて。
 ああ、たしか…。春眠、暁を…、
 覚えず。と続けたのは思い出の中、家庭教師をしてくれていた頃の彼の指摘。
 けれどそれもすっかり、夢の中。

 淡い春の朝陽に満ちた、うららかなるある朝の事。