朝日が昇る裏側では夜 - 2/3

 銀さん、もうそれくらいにしておいたらどうだい。
 かぶき町のはずれ。馴染みの居酒屋の店主から度を超した深酒をやんわりと咎められ、ついに追い出されてしまった。
 一歩店を出た瞬間吹き付けてきた夜風は、火照った身体にちょうどいい。どれだけ呑んでも酔えない心持ちでいたわりに、身体のほうはしっかり酒が回っていたらしい。頭はどろりとゆだって思考はままならないし、視界はぐるぐるなにもかも歪んで、足は雲を踏むようでまっすぐ歩けもしない。時折せり上がってくる吐き気を堪えながら一歩二歩と進むけれど、いったいどこに向かっているのかもわからない。
 帰る場所。万事屋の看板とその従業員、新八と神楽、そして定春の顔をぼんやり思い描けば、おそらくこのよろよろとおぼつかない千鳥足は、慣れた事務所兼自宅への道を進んでいるらしい。
 空はすっかり夜の闇に浸されているけれど、かぶき町のネオンの灯りはチカチカと目にやかましい。
 ただいまを言って。帰って、そんで。・・・そんで何すりゃいいんだっけ?

 自分から手放しておいて、どうしてこんなにも、あっけなく。まるで魂の片側が欠けちまったみたいに。魂にアイツがいると強い実感があったあのターミナルで。あるいは其処に確かにいると思えた巨木の前では、全くなんの不足も欠落感もなくまっすぐ立っていられたのに。

 もうどこにも、一歩たりとも進めやしないんじゃないかと思うのに、身体はふらふらと家路を辿って、まるで心と身体が隔離して置いてきぼりの心持ちだ。

 どうしてここにいないんだろうな。だからふらつくんだろう。あるいは”いる”と強く信じていられなければ。

 灯りの落ちた大家が営むスナックの前を横切り、我が家への階段を踏みしめる。やや傾いて立て付けの悪い階段はギィギィと軋んで、蹴りのひとつでもくれてやればぽっきりと折れて自分ごと真っ逆さま。深い闇に落っこちて、そしたらどこにたどり着けるのだろう。
 たとえば地獄に行きゃあ、お前に会えるというのなら、それで構わなかった。だけれど、もうその約束に縋ることすらできないでいる。

 どうして生きてさえいりゃいいと、そう思えないんだろうな。それほど欲深い性質ではないくせに、お前に限っては。ひとかけらも違わずそっくりそのままのお前でなけりゃダメだと魂が叫ぶのは。

 ただいま、低く独り言ち、暗く静まりかえった万事屋にひとり立ち尽くす。
 これまで繋いできた縁は、たしかにここにある。けれど。

 いよいよ堪えきれない胃袋からの氾濫に胸が押し上げられて、むりやり飲み下していたすべてが喉奥から逆流してくる。申し訳程度につまんだ夕飯の残骸と胃液とブレンドされた酒がびちゃびちゃと床に溜まり、据えたにおいをまき散らす。胃袋の底から何もかも全てを吐き出してしまいたいとばかりに、身体中の臓腑が捻れてひどく苦しい。すっかり引いてしまった血の気と共に足下から怖気がやってきて、やっといま心のありように身体が追いついたようでもある。その心持ちに安堵すら覚えながら、銀時は膝をつき吐瀉物へとそのまま倒れ込んだ。恐ろしいまでの実感がぽっかりと開いた魂の穴へと落っこちてゆくよう。

 こんなんで、俺ァ立派になったっていえるのかな、松陽。

 アイツは、その命を懸けて松陽も俺も護りきったって、やり遂げたことに満足した風だったのに。どうしてアイツが、俺が望むように、しっかり地に足着けてまっすぐ立っていられないんだろうな。こんなにぐらついちまってちゃあ、ままごとひとつ満足にこなせねえよ。

 なァ、高杉。お前が追いかけた男なんざ。そんな大層な奴ァもうどこにもいやしねーんじゃねーのか。他でもねェ、テメーがいなけりゃあ、そんなもん、もう、どこにも。

 俺を護ったつもりでいるなら護りきってみやがれ、っつーんだコノヤロー。そんで、俺にも、テメーのこと護らせてくれよ。頼むから。なァ、お前、どうやったら俺に護られてくれんの?

 瞼の裏に焼き付いた面影は、ただうつしく穏やかに笑むばかり。それが途方もなくいとおしく、そしてどうにも憎らしくてならないのだった。